薄明宮の奪還 更新日:2006.04.17

第3部 リムウル
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 第2章

4.戦い


 ギメリックは素早くアイリーンを自分の後ろに押しやった。
呪文を叫んで切るように手を振る。白い光が流線型を描いて飛んだ。
幻獣の触手が粉々に砕け散る。
アイリーンはギメリックの後ろから横に回り、彼の腕をつかんで伸び上がるようにして彼を見上げた。
「その呪文を教えて! 私も戦うわ!」
“よせ!……まだ早い、二重の意味で……”
ギメリックが心話を使ったので、敵に聞かれてはまずいのだろうと気づき、アイリーンも心話に切り替えた。
“どういうこと?”
“呪文の威力は強大だ。不慣れな者が使えば負担が大きい。それに、こんなに近くでお前が呪文の魔法を使えば、石が反応するかもしれない。お前の魔力は不安定で、俺にも予測がつかないが……石の主はこの世で最も力ある魔法使い、その魔力の気配は俺の結界を破ってしまうだろう。まだ狂王に知られていない可能性があるのに、お前の存在と石の在処を漏らすわけにはいかないんだ。頼むから引っ込んでいろ!”
“……私に魔力の使い方を教えてくれなかったのは、そのせいなの?”
幻獣が突進してきた。ギメリックは迎え撃つ形で前に出る。
恐ろしい牙をガチガチと鳴らし、幻獣はギメリックに襲いかかった。
「きゃぁぁっ!!」
幻獣の巨体がギメリックに覆いかぶさって行くのを見てアイリーンは悲鳴を上げた。
幻獣の牙が彼の体を突き破り、赤く染まっている。
同時に、触手が伸びてきてアイリーンの体に絡み付こうとした。
“しっかりしろ! ただのまやかしだ!”
ギメリックの声が頭に響き、今にも届きそうだった幻獣の触手が消えてなくなる。
「えっ?!」

 気がつくと、何事もなかったかのように平然と目の前に立つ、ギメリックの後ろ姿があった。すでに彼に倒されたのか、幻獣の姿はどこにもない。
“精神攻撃に惑わされるな。結界を張って、魔力の視覚で周りを見ろ。……しかしどうやら、使える幻獣の数が尽きたらしいな。そういうことなら……”
ギメリックは落ち着いた様子で、周りを見渡した。
アイリーンにも、ギメリックが言った通り、自分たちが宿の部屋の中にいることが見て取れた。微妙に目の前に黒い霞がかかったようではあったが、なんとか周りの様子が見えるようになっていた。
 部屋の中にはアイリーンとギメリック以外、誰もいない。しかしアイリーンは、ドアの向こうでこちらをうかがっている複数の人間の気配を感じ取った。
“ここで戦いを続けては、無関係の者まで巻き込んでしまう。出るぞ!”
そう言うとギメリックは、呪文を唱えながら戸口の方に向かって手を突き出した。
光の球が飛んでゆき、閉まっているドアの向こうへと吸い込まれるように消える。
“わっ……”悲鳴が上がる気配がした。
と同時に、ギメリックは素早く身を翻すと窓に駆け寄った。その途中で腕をつかまれ、アイリーンは転びそうになりながらもかろうじて彼について走った。
“降りるぞ! つかまれ!!”
アイリーンを抱き上げ、ギメリックは窓から身を躍らせた。
落下していく感覚に一瞬体をこわばらせたアイリーンだったが、しっかりと支えてくれるギメリックの腕に、不安は感じなかった。
次の瞬間、強い風が下から吹き上がり、髪とマントが激しくたなびく。
落下の衝撃から風に守られ、2階の部屋の窓から、二人は中庭に降り立った。
そこにはすでに兵士の一団が待ち構えていた。
微かに金属の擦れる音が響き、ギメリックが剣を抜く。
「……命が惜しければ道を開けろ」
低く静かな、つぶやくような声。
無造作に、横手に降ろしただけに見える剣の構え。
にもかかわらず、強く刺すような輝きを取り戻したトパーズの瞳に圧倒され、兵士たちは周りを取り囲んだままその場に凍り付いた。
その隙をつき、彼らの真ん中を突っ切って、ギメリックが走る。
手を引かれ、アイリーンも懸命に走った。思わず身を引いた兵士たちの間をすり抜け、二人は厩へと向かった。

 厩の中に一歩踏み込んだとたん、ギメリックがハッと足を止め、上を見上げた。
「……!!」
梁の上から降ってきた何かから、とっさにアイリーンをかばい、腕の中に抱き込む。
それは金属の鎖を編んで作った網だった。
よける暇もなく、アイリーンを抱いたまま網に捕われる。
鋭い痛みとともに魔力を奪われる感覚が襲ってきた。
ぐいと網を引かれ、たまらず二人はもろともに床に倒れた。
「あっ……!」
アイリーンの唇から、思わず悲鳴が漏れる。
衣服の上から触れていても、金属の網は激しい痛みを伝えてくる。
アイリーンは歯を食いしばり、懸命に耐えながら、状況を把握しようと顔を上げた。
するとギメリックは彼女の頭を押さえ、抱きしめる腕に力を込めて心話で話しかけた。
“動くな……俺に任せろ。どんなことがあっても必ず守ってやる、だからお前は絶対に魔力を使うな。……いいな?”
彼の腕にすっぽりと抱かれ、彼がガードしてくれているおかげで、アイリーンの上半身の大部分は網に触れていなかった。それなのに、体中を駆け巡る痛みに、うめき声をこらえるのがやっとだった。
ギメリックは自分より多く金属に触れているのだ。辛くないはずがない、とアイリーンは思った。魔力の知覚によって彼もまた苦痛に耐えていることが感じられる。
“……いやよ! もしもあなたが自分の命を盾にして私を守るつもりなら……そんなことさせない!”
一瞬、驚いたような沈黙があった。そしてなぜか、笑いをこらえるような気配とともに、彼の声が届く。
“……お前が魔力を使いさえしなければ、そんな必要はないさ”
“……”どうだか怪しいものだ、とアイリーンが思っていると、ギメリックは言った。
“疑っているのか? なら説明するが、この様子だとまだ狂王には……”
その時、
「イェイツ、捕らえたか?」と声がして、ルバートが姿を見せた。
梁の上から降りてきた兵士とともに、厩の奥から現れて彼の足下に平伏したのは、ルバートの館でアイリーンを逃がそうとしてくれた、あの男だった。


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