薄明宮の奪還 更新日:2006.02.26

第3部 リムウル
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 第2章

2.別れの言葉


「ティレル!」
アイリーンは驚いて彼を見上げた。しかし彼の手を振り払い、なおも地上へ降りようとした。
「早く助けないと……!! みんな死んじゃうわ!!」
「だめだ、やつに気づかれてしまう!!」
ティレルはまっすぐ降りようとする彼女を斜めに引っ張っていった。
「いくらぼくと君の魔力の波動が似ているからと言って、やつらの真ん中に降りて行ったりしたら……この前みたいにうまくはごまかせない、さぁ、こっちへ!!」
「でも……!!」
ティレルの抱擁を振りほどこうとしながら、アイリーンは燃える村を振り返った。そして、村の回りを取り囲んでいる兵士の一団と、その中にひときわ目立つ、見慣れた男の姿を見た。
“ギメリック!!……いいえ、違う、あれは……誰? 恐ろしい瞳……”

暴れる彼女をしっかりと押さえ込みながら、ティレルは言った。
「……それに、もう誰も、残っていない……。ほら、魂が上がっていないだろう?」
村の回りには高い柵が巡らせてあり、逃げられないようにした上で兵士達が火をつけたのだと知れた。死にものぐるいで柵を乗り越えようとしたらしい人々が、柵の内側で槍に突かれて折り重なるように倒れている。その遺体も煙と熱ですっかり焼け焦げていた。
アイリーンの体から力が抜け落ちた。

「ひどい……!! なぜ?! どうしてあんなことが許されるの?!」
ティレルに誘導され、草原の中に点在する灌木の茂みの一つに降り立つと、アイリーンは涙をこぼしながら訴えた。
「許されはしない……!! 近いうちに必ず、裁きを受けることになるよ。……やっと、ギメリックが石を見つけたんだからね……」
苦しげに答えるティレルの顔を、アイリーンは驚いた目で見上げた。
彼は辛そうに薄く笑った。
「何から聞いて良いかわからないって顔だね? ギメリックから、何も聞いていないんだね……」
「教えてよ! あの人は何も教えてくれないの、お願い、私にわかるように説明して! 何があったの? 10年前、エンドルーアで……それが全ての始まりなんでしょう?」
ティレルはいきなり、アイリーンを引き寄せて胸に抱きしめた。
「ごめんよ、今ここで、説明している時間はないんだ。これはぼくのワガママ……本当は一刻も早く君を帰すべきなのに」
「ティレル……!!」
「二度と、会えないと思っていた……なのに君の方から会いに来てくれて、どんなに嬉しかったか……でももうこんなことしちゃいけない、これが最後だ」
「最後って、どういうこと?!」
「君は気づいていないようだけど、魂だけ抜け出してきてるんだよ。この前も、今も。だからこうして、触れ合っている気分になれる……」
ティレルはアイリーンの額に口付けた。彼の姿はこの前と同じように、淡い銀の光に包まれている。しかし気づいてみると、アイリーン自身も同じように光に包まれていた。彼女の光は淡い金色だったけれど。

  アイリーンは焦燥感に駆られ、懸命になって、彼の腕をつかんで問いかけた。
「じゃ、あなたも今は魂だけなのね? あなたの体はどこ? どこに行けば、本当のあなたに会えるの?」
「だめだよ、悲しいけど……もう会えない。ぼくは、あいつと共に滅びる運命……だけどそれはぼくにとって、長い間待ち望んでいた唯一の救いなんだ」
ティレルは自分にしがみついているアイリーンからフイと目をそらすと、遠くを見る目をして語り出した。
「あの夜、ギメリックがとうとう石を見つけたのだと知ってぼくは、彼にもそう言ったよ。いつものように君に会いに行って、石を持っていた彼と会ったんだ。彼は、『頼まれなくてもお前を殺すつもりだ』と言って怒ったけど……ぼくにはわかる。彼は優しいから……ぼくがこういう形で存在していると知って動揺していたし、きっと最後の瞬間まで迷うんじゃないかと思う。たけどその迷いがシビアな魔力戦で彼の弱みになったらと思うと、心配なんだ……。フレイヤの涙の力がいくら強大だとしても、それを使う者の心の強さが、結局は勝敗を左右するだろうから……。だから、彼に伝えて欲しい、ぼくはこの6年ほどの間、自身を助ける方法を色々探ってみたけどやっぱり見つからなかった。それに……」
再びアイリーンを見つめたティレルの澄んだ青い瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「あいつは裁きを受けるべきだ。どう言い訳することもできない……許されざる悪行を、重ねてきたのだから。……ぼくは何もできなかった。ただ見ていることしか……ぼくこそが、あいつの死を一番望んでいるんだ」

 ティレルはそう言うと、穏やかな目で空を見上げた。何かを待つようなその仕草に、つられてアイリーンもそちらを見る。
 月のない夜空には降るような満天の星が浮かんでいた。その天の一角にキラリと金色の光が走ったかと思うと、その光は見る見るうちに大きくなってこちらへ向かってくる。
  魔力の気配は隠されていた。けれどアイリーンにはすぐにわかった。ギメリックが近づいてくるのだと。彼女は恐怖に駆られて叫んだ。
「ティレル、逃げて!!」
ティレルは優しく微笑んで、彼女を見下ろした。
「大丈夫だよ。きっと君を心配して、彼も体から抜け出してきたんだ、戦っている暇なんてないよ。……彼はあんな風だから、魔力を持つ人々には恐れられるし、そうじゃない人からも誤解されやすいけど……ぼくは知ってる、彼はとても優しい人だ……。君は彼を信じて、全てをまかせればいい」
「ティレル! どうしてそんなこと……あなたを愛してる、誰よりも好きよ。本当のあなたに会いたいの、魂だけじゃなく……」
「ぼくも、愛してるよ、アイリーン……君に会ってからずっと、君はぼくのたったひとつの慰めだった……」
ティレルがもう一度、アイリーンの額に口づけたとき。

「バカ野郎! こんなところで何をしている、早く帰れ、体に戻れなくなるぞ!!」
辺りを圧巻するような強い声が、光と共に降ってきた。見上げると、金の光に包まれたギメリックの姿が宙に浮いている。
「ほら、本物のギメリックが迎えに来たよ。さあ、彼と一緒に帰るんだ」
「ティレル……」
ティレルはアイリーンを優しく引き離した。そして、自分をにらみつけているギメリックに向かって微笑みかけた。
「ありがとう……アイリーンを守ってくれて」
「言っておくが、お前に頼まれたからではないからな!」
「うん、だったら、なおさら嬉しいよ」
ティレルはニッコリ笑った。
「心配ないよ、もう二度と彼女の魂が抜け出さないよう、暗示をかけておいたから……だからアイリーン」ティレルはアイリーンに向き直って言った。
「これでお別れだ」
「ティレル!……いや、もう会えないなんて、そんな……」
ティレルがアイリーンの額に手を当てると、彼女は意識を失った。ゆっくりと、漂うように宙に浮かんだ彼女を胸に抱きとめ、ティレルは一瞬、強く抱きしめる。そしてギメリックに向かって、彼女を差し出した。
「ギメリック、アイリーンを頼む……」
ギメリックはティレルの正面に降り立ち、彼女を受け取った。悲しげな表情を浮かべている彼女の顔を眺めながら、苦々しげに彼は言った。
「……簡単に頼まれてやれるほど、事は単純ではなくなっている。あの時は俺も心を決めかねていた、だから話す気もなかった……しかし」
ギメリックのトパーズの瞳が、意を決したように強くティレルを見据える。
「石は俺ではなくアイリーンを主に選んだのだ。つまり、彼女が魔力を失わない限り、薄明宮を奪還するという大仕事を彼女の手に委ねなければならない」
「……!!」 驚愕し、言葉もなく自分の顔を見返すティレルに、ギメリックはさらに言った。
「 事が済むまで安全に、ソルグの村にかくまっておくどころか……来たるべき戦いに備え充分に魔力の練習をさせるために、あの村に連れて行く羽目になっているんだ」
「そんな、バカな……!!」
「せめて彼女がお前を殺さなくて済むように、お前は自分を助ける方法を見つけることだ!」
激しい口調でそう言い捨てると、ギメリックはサッとティレルから離れて宙に浮き、彼に背を向けた。その背中に向かって、ティレルは言った。
「ギメリック……! 無理だよ、わかっているだろう? 肉体がなければ、この世に交わりを持つことはできない……ぼくは自分の居場所すら、自分ではコントロールできないんだ……」
「泣き言など聞く気はない!……彼女の気持ちを考えてみろ!!」
振り向きもせずそう言って、ギメリックはアイリーンを連れて去って行った。星空へと登っていく、神々しいばかりに輝く金色の光を目で追いながら、ティレルはつぶやいた。
「……諦めるな、と言うんだね。彼女のために……そしてぼく自身のために」
ティレルは悲しげに、しかしどこか嬉しげに、ゆっくりと微笑んだ。
「変わっていないね君は……もっとわかりやすい優しさなら、たとえ魔力の気配がどんなに恐ろしくても、嫌う者などいないだろうに……でもぼくは、そんな君がとても好きだったよ。……きっとアイリーンも君を好きになる。そして君たちは幸せになるんだ……」


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