薄明宮の奪還 更新日:2005.10.31
(11.01 加筆)

第2部 アドニア〜リムウル
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 第3章

4.第二の追尾者-2

 レスターは少年を従えたまま、チラホラと人影の見えだした街の大通りをゆっくりと進んで行った。そして、先ほど出発してきたばかりの、宿屋の中庭へと再び馬を乗り入れた。宿屋の主人が少し驚いた顔をして、馬の手綱を取りにやってくる。
「おや旦那、お忘れ物でも……?」
「うん、ちょっとね。彼はまだ寝てるね?」
「へえ。物音一つしませんや」
レスターはうなずくと、少年についてくるようにと目線でうながし、先に立って宿屋の中に入って行った。

 階段を上ると同じような扉が並ぶ廊下に出る。ある部屋の前でレスターは立ち止まり、ノックもせずに扉を開けた。広くもないごくありきたりの、しかし個室らしくベッドは一つしかない部屋だった。そのベッドに横たわり、一人の男が正体もなく眠っている。ウィリアムだ。

 レスターは彼を指さし、少年に言った。
「ちょっと、つねってみてごらん」
「え……、でも……」躊躇する少年に、レスターはニッコリ笑ってみせる。
「大丈夫。たぶん昼頃まで、何をしても目を覚まさないよ。もし彼を起こせたら、君を連れて行くと約束してもいい」
それを聞いた少年は大胆になった。思いっきり、彼のほっぺたをつねりあげたのだ。
「う、……ん……」痛そうに眉をひそめたものの、ウィリアムは目を覚まさなかった。
驚く少年に、レスターは真面目な顔をして言った。
「ぼくが一服盛ったんだ。眠り薬をね」
少年は目を見開き、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「なんで、そんな……」
「こうでもしなきゃ、彼がついてきてしまうからだよ。……この男はぼくの従者でね。彼とぼくが7歳の時から、ずっと一緒にいたんだ。だけど今はこうして彼をだましてまで、ここへ置いて行かなくてはならない。ぼくには、一人で行かなくてはならない事情があるんだ」

 少年はレスターが、ただ迷惑というだけで同行を拒むのではないことを理解した。しかしそれでも、ついて行きたかった。実際、レスターの次の言葉を聞くまでは、こっそり隠れてでも、後をつけていくつもりだった。
「ダメだと言っても、君は無理矢理ついてくるつもりかも知れないが……そうなれば、ぼくは必ずこれと同じことを、君にしなければならなくなる」
レスターは、いったん言葉を切り、そして言った。
「せっかく友達になった君に、そんなことはしたくない。……させないで欲しい……頼むよ……」
瞳を曇らせたレスターの顔を、少年の利発そうな青い瞳がじっと見返した。

 やがて少年は頭を垂れ、小さな声でつぶやいた。
「わかったよ……」
しかしすぐにまた顔を上げ、新たな決意を込めた眼差しでレスターを見上げる。
「あなたについて行くのはやめる。……約束する。でも、おれ、この機会を逃したくない。一緒に町を出ることだけ、許してよ」
レスターは愁眉を開かず、
「それはいいけど……君は南へ向かうんだよ。リムウルはこれから、エンドルーアと戦になる。近づいちゃいけない。アドニア国内なら安全だから……」
と言いながら、"まだ、今のところはね"と心の中で付け加えた。
「でも、あなたは北へ行くんでしょ?」
「……じゃあ、こうしよう。一緒に、南の門から町を出て……そこで別れよう」
少年はびっくりして目を見張り、レスターの顔を眺めたまま一歩下がった。そしてもう一度、つばを飲みこんでから首を振った。一途で怖い物知らずのこの若者でさえ、あまりにも恐れ多いと感じたからだ。そんな迷惑はかけられない。そう言ってもらっただけで、充分だった。
「いい。おれが、北門まであなたを見送る。大丈夫、つけて行ったりしないから。……信用してよ」
レスターはやっと安心した、というように微笑み、うなずいた。
「それじゃ下で少し待っていてくれるかい?」

 少年が部屋を出ると、レスターはウィリアムの顔に目を落とした。つねられた跡が赤く腫れている。
“すまないなぁ、ウィリアム。……しかし全く、いいタイミングで来てくれたもんだよ……”
今度こそ、二度と会えないかも知れない。そう思うと少し神妙な気持ちになり、レスターはつぶやいた。
「お前には、世話をかけ通しだったね……いや、かけられ通し、かな?」
レスターはクスッと笑いをもらすと、ウィリアムの衣服の中に手を入れて、手紙を取り出した。
“さてと。門の警備を固めろと、書き加えておくことにしよう……。いくら国境に警備隊がいるといっても、あれじゃ無防備すぎる。これからは……今までと同じ調子というわけには、いかないんだから……”

 レスターが中庭に戻ると、少年は2頭の馬の手綱を取って、待っていた。
「待たせたね。じゃあ、行こうか」
相変わらずゆっくりと馬を進めるレスターを、少年は不思議に思い、聞いてみた。
「あの人さ、目が覚めたら、急いで追いかけて来るんじゃない? こんなに、のんびりしてていいの? 追いつかれちゃうよ」
レスターは、
「うん?……」と言ったきり、クスクス笑い出した。
「……ああ、ごめん。悪いね、詳しいことは言えないんだ。……でも彼はきっと、首都に引き返してくれると思うよ……だから大丈夫」

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