薄明宮の奪還 更新日:2005.09.19

第2部 アドニア〜リムウル
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 第3章

2.追いついた従者-2

 アイリーンとギメリックの行く先はエンドルーアと見当をつけたが、そこに至るにはいくつかのルートがある。レスターは、まずは手がかりを探すことから始めた。
 彼らには二人で一頭しか馬がない。追っ手をのがれて道を急いだなら、どこかで必ず、馬を交換する必要が出てくるはずだった。しかし馬を売買する商人がいるような大きな都市と言えば、数が知れている。だからそれぞれの街道沿いの、一番近いそういう都市を順に当たっていった。読みは的中し、幸い、二つ目に訪れたベルガードの街でそれらしい二人を見たという話が聞けた。
 アイリーン達がベルガードを出立したのは、レスターが着いた前の日の昼過ぎだったという。一日分の距離しか離れていないと勢い込んだレスターは、馬を飛ばして街道沿いに、この町までやってきた。必ずここで、アイリーンに会えるはずだと信じて……。
 
 ……なのにどうだろう? 彼女の行方は見失い、置いてきたはずのこの男に、追いつかれてしまう羽目になるとは……。
 仕方なく、ウィリアムを連れて宿の部屋へと帰ったものの、レスターは頭を抱えたい気分だった。ただでさえ憂鬱な気持ちが、さらに沈み込んでいく。

 仏頂面をしたレスターとは対照的に、ニコニコしているウィリアムに向かって、レスターは尋ねた。
「どうやってここを突き止めた?」
ウィリアムはニッと笑った。
「たぶん、あなたと同じですよ、考え方は」
「……そうか……」
レスターはため息混じりにそう答え、次の瞬間、険しい顔で彼をにらんで叫んだ。
「帰れ! 連れて行く気はない!!」
「連れて行って下さいとは申しません」
「……え?」
拍子抜けした様子で聞き返すレスターに、ウィリアムはすました顔をして言った。
「私はあなたの従者の任を解かれたのでしょう。だったらもう、あなたは私に命令することはできないはずですよ。私は一個人として、勝手に旅をしているだけです。たまたまその行く先に、あなたがいるというだけで」
「……もう……好きにすれば?」
とうとうレスターは根負けした様子で、投げやりに言った。
「ええ、そのつもりです」
ウィリアムは満面の笑みで答えた。しかし、その笑みはすぐに、心配そうな表情に取って代わった。
「ちゃんと食事はされていたのですか?……その、少々おやつれになったような……」
「……」
レスターは横を向き、憂い顔で窓の方に目をやった。
「……正直、気が滅入ってたから、助かったよ。話し相手がいなくてね……」
ウィリアムは首をかしげた。
「あなた様なら、街の女がほうっておかないでしょうに。相手がいないとは……?」
レスターは脱力したようにガックリ肩を落としてうつむいた。
テーブルに肘を突いて手のひらの上の額を支え、うめくように言う。
「……ウィリアム……何を言ってるんだ……」
「?……と言いますと?」
キッと顔を上げたレスターは、一語一語、強調するように言った。
「お前は、ぼくが、何しに、こんなところまで来たと思ってるんだ? ぼくが言ってるのは、アイリーンの行方について相談できる相手、ってことだよ!」
彼のブルーグリーンの瞳が、滅多に見せない怒色を湛えているのを見て、ウィリアムは自分の失態を理解した。どうして自分はこうも、主人のことしか頭にないのだろう?
「すみません……」
うなだれるウィリアムを見てレスターは力無く横を向き、
「お前に腹を立てても仕方がない……」とため息をついた。

「もう何日もここに足止めだ。手がかりが途絶えてしまって……いくら探しても見つからない。この先の次の都市と言えばもう国境の向こうだ、そうホイホイ行ったり来たりはできない。行く先はエンドルーアだろうとは思うが、確証があるわけじゃないし……万が一、そうじゃなかった場合のことを考えると、気安く国境を越えるわけにはいかない。実際、真っ直ぐエンドルーアに向かうならこの街道よりもう一本、西の街道を通った方が近道だしね。せめて国境を越えたのかどうか、確かな情報が欲しいんだが……」
「わかりました、お任せ下さい! 明日、夜明けと共に私が……」
そう言いかける彼を、レスターは疲れたようなそぶりで制止した。
「……やめてくれ!」
怪訝そうに首をかしげるウィリアムに、げんなりした様子でレスターは言う。
「ぼくが聞き回ってもう十分目立ってしまってるんだ、この上お前まで同じことを聞いて回ったら……引かなくていい余計な注意を引いてしまうことになりかねない、頼むからおとなしくしててくれ」
「注意、とは? 誰が注意をすると言うのですか?」
「……」レスターは難しい顔をして、唇を引き結んだ。
「もちろん、エンドルーアの密偵だよ……」
ウィリアムの目が見開かれた。
「密偵?! エンドルーアの?!……それはいったい、どういうことですか?」
顔色を変えるウィリアムを見てレスターは少し考え込み、それから、にっこり笑った。
「まぁそのことは、追々話すよ。先は長いからね。それより今夜は、付き合ってくれないか? せっかくお前が来てくれたんだ、ぼくも久しぶりに、羽目を外して楽しむことにしよう」
と、テーブルの上のワインの瓶を指差す。
ウィリアムはその笑顔に不審そうな目を向け、憮然とした表情になった。
「先ほどの酒場で、もう随分楽しまれたご様子でしたがね。……それにあなた、何かたくらんでませんか?」
「……たくらむ?」
“どうしてこいつは、他のことにはてんで無頓着なくせに……ぼくの悪だくみにはこうも敏感なんだ?”
内心そう思いながらもレスターは、驚いた顔をして言った。
「何言ってるんだ。ぼくはただ、この滅入った気分を晴らしたいだけだよ。……まさかぼくがお前を酔いつぶして置いていくとでも? そんならお互い、飲み過ぎないよう気をつけようじゃないか。ぼくだって寝過ごしたくはない。……それでいいだろう?」


 自分の言に反し、レスターはかなりの勢いでグラスを空けた。アルコールには相当強いはずの彼が、少々頬を染め、潤んだ瞳に憂いを宿らせて、とめどもなく愚痴を吐くのを、ウィリアムは驚きながら聞いていた。

「……どうして行かせたりしたんだろう。……後悔してる。……あっちは馬に乗れないアイリーンを連れてるんだ、半日の遅れなどすぐに取り戻せると踏んだんだが……それも行く先がわかっていたからこそだ。まさかこんなことになるとは……。しかし自分で自分を一番許せないのは……」
レスターはそこで、もう何度目かも知れない大きなため息をついた。
「あの子は最後までぼくを巻き込むまいと口をつぐもうとしてた。“もし、お兄様まで殺されてしまったら……”打ち明け話をする前、確かにそう言ったんだ。それはつまり……自分に関わればぼくの命まで危ないと、彼女が危機感を抱いていた証拠だよ。何しろあの夜は、時間がなかった。何かまだぼくに話し切れていないことがあったに違いない。彼女は危険が去ったわけではないと知っていたんだ……。いくら彼女を逃がすためにあの数日間、不眠不休で動いていたからって、何だってそんな大事なことを失念していたんだろう?……ぼくとしたことが、一世一代の不覚だよ。あの時あの場で、そのことに思い至っていれば……決して二人きりで行かせはしなかった。たとえ途中であの男と、刺し違えることになってもね……」
「しかし相手は得体の知れない術を使う魔法使いでしょう? いくらあなたの腕が確かでも、剣で対抗できるとは思えませんが……」
ウィリアムは、剣の腕なら誰にも引けを取らないと自負していたが、魔法だの魔力だのわけのからないことには、関わりたくもなかった。できることならそんな危険な相手に、大事な主君のレスターも関わらせたくはないのだが、それを言うとまた怒られそうなので賢明にも口をつぐんでいる。
「魔法使いと言っても相手は人間だ、弱点くらいあるだろう。頭からかなわないと決めてかかるもんじゃないよ。……しかし、どうも、腑に落ちないのは……」
レスターはすっと表情を引き締め、目を細めた。
とたんに、酔いが回っていたはずのその端正な顔に、怜悧な印象が戻ってくる。

「お前も聞いたか? ギメリックの率いる侵略軍がいよいよリムウルに侵攻し、今月初めから国境周辺で小競り合いを繰り返しているという話を? リムウルから来たという商人に話を聞いたが、総指揮官は“黒髪の悪魔”に間違いないらしい。アイリーンは、石を奪いに来た男はギメリックだと言っていたけど……どう考えても、今月初めにエンドルーアとリムウルの国境近くにいた男が、エディスが殺されたあの日にしろその5日前にしろ、アドニアにいたと考えるのは……無理がある。遠すぎるじゃないか? そりゃね、そういう魔法が在るのかも知れないが……そんな例は今まで一度も報告されていないし……」
「では、アイリーン様をさらって行ったのはギメリックの名を語る偽物だと? いったい、何のためにそんな嘘を?」
レスターは眉をひそめ、瞳を曇らせた。
「……わからない。侵略軍の大将の方が偽物、あるいは、影武者という可能性だってある。どちらが本物なのか、見当もつかない。……くそ! どっちでもいい! とにかく彼女が無事なら……!!」
レスターは苛立ち、拳でテーブルを叩いた。
「そのう……言いにくいことではございますが、そんな得体の知れない輩に連れ去られて、もしやアイリーン様はもう……」
激しく怒るかと思いきや、レスターは案外冷静に言葉を継いだ。
「ああも無惨にエディスを殺したやつが、何でわざわざ他人になりすますようなことをしてアイリーンをさらっていったと思う? 無理矢理連れて行くことも、その気になれば殺すことも出来ただろうに……。彼女におとなしくついてきてもらう必要があったんだ……それしかないだろう。てことは、彼女は無事だよ、きっと」
そこまで言ってレスターは、額に手をやってうなだれた。
「……そう思ってなきゃ……やりきれない。心配で気が狂いそうなんだ、頼むからこれ以上不安にさせないでくれ……」

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