薄明宮の奪還 更新日:2005.04.05

第2部 アドニア〜リムウル
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 第1章 /旅路
4.魔力

 アイリーンもまた、その異様な気配を感じ取っていた。
「エリアード……! 逃げて……」
剣でどうにかなる相手ではないと、魔力の知覚が告げていた。
“どうしよう……エリアードも……エディス姉様みたいに……!”
そう思う必死な心とは裏腹に、恐ろしさで身がすくみ、アイリーンは木の上から動けなかった。けれどぐずぐずしてはいられない。震える手足を奮い立たせて降りようとすると、枝につかまっていた手がすべった。
「きゃっ……!!」

  落下するアイリーンの体がふわりと宙に浮いた。
「えっ……?! えっ?!!!!」
自分の力ではない。肌で感じる他者の魔力に、アイリーンは目を見張った。その力は、彼女をそっと地面に降ろした。
「エリアード、あなた……魔法が使えるの?!」
驚いて彼を見上げると、気配が押し寄せてくる方向に顔を向けたままだった彼が、アイリーンをチラリと一瞥した。
「あなたの魔力はさらなる敵を招き寄せる恐れがある……私にお任せ下さい」
「エリアード?!」
“どういう、こと……? エンドルーアの王家に伝わる魔力を、どうしてエリアードが……?”

  深く考えている暇はなかった。薄闇の中に、真の闇がこごる。
怪物が近づいてきた。城でアイリーンを襲い、エディスを殺したあの巨大な黒い化け物と同じものだ。しかも一匹ではなかった。
“……二、三、四、……五匹もいる……!!”
アイリーンはそのおぞましい姿を見ただけで震え上がった。
悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえる。

 “思ったより早く、数を集めてきたな…… ”
先ほど盗賊たちを迎え撃った時とは違い、エリアードの表情にもわずかだが緊迫感が漂う。
アイリーンの体の回りがポウッと金色に輝きだした。
「その結界をご自分で維持して下さい。あなたには出来るはずです」
「結界?」
「敵は幻獣とその主だけではない。おそらくエンドルーアの……」
バッ!!と眩しい閃光がひらめいた。
エリアードの回りの空気が一瞬、雷光のように光ったのだ。
「やはりそうです、エンドルーアの剣士も数人。とにかく、あなたは自分の身を守ることに専念して下さい」
“自分の身を守るって……結界を維持するってこと? どうやって?”
聞きたくても、もうそんな状況ではない。

 エリアードが口の中で不思議な言葉を唱えだした。
彼の両手が白く光り出し、闇の中に浮かび上がる。
怪物は意外に早いスピードですうっと近づいてきた。
あっという間に二人を取り囲む。
一匹が、その恐ろしい口を開いて襲いかかってきた。
「……!!」
恐怖の叫びをかろうじてかみ殺し、思わず、アイリーンがエリアードに体を寄せる。と、彼はアイリーンの肩を片手でしっかり抱いてマントの下に引き寄せた。同時に、もう片方の手を前に突き出す。白い光の球が飛んだ。

 ザァッ!!
周囲の木の葉がいっせいに葉ずれの音を立てる。
一瞬にして巻き起こった強い風が、二人の回りで渦を巻いた。
「ギャアアアッ」 怪物が恐ろしい声を上げ、光に包まれて消滅した。
同時に、バババッとまた、閃光がひらめく。飛んできた矢が、結界にはばまれて消え去っているのだとアイリーンは気づいた。
エリアードの片手から飛んだ次の光球が、二匹目の怪物を消滅させる。閃光が光る。

“……すごいわ……! すごいパワー……!!”
アイリーンは目を見張った。
恐ろしいほどの魔力の波動が彼の体から伝わってくる。 見上げると、時折ひらめく閃光に、彼の精悍な横顔が浮かび上がっている。緊張と集中で引き締まったその顔を見て、アイリーンは、とっさに自分の肩から彼の手をはずして言った。
「私は大丈夫……! 自分の結界だけで平気!」
エリアードはわずかに驚いた顔で彼女を見下ろした。が、うなずいて言った。
「油断せずに……すぐ、片を付けます」

  自由になった両手を体の前にかかげると、手のひらの間にひときわ大きな光球が生まれる。その光が3匹の怪物に向かって飛んだ瞬間、アイリーンの体が金縛りにあったように動かなくなった。
「あっ…!!」
怪物たちが消滅するのを目の端に捕らえながら、アイリーンは地面に引き倒された。ズルズルと引きずられてエリアードから遠ざかりかける。すかさず手を伸ばしたエリアードに腕をつかまれ、助け起こされた。そのまま、腰に回された片腕で抱き支えられる。
「だから油断するなと……!」
言いかけたエリアードは彼女の様子を見てキッとあごを引き締めた。闇の奥を見透かすように、目を細めて周囲を見回す。

“こっちへ来い!!”
アイリーンの頭の中で、抗いがたい声が呼びかけている。
“いや……!!” アイリーンは必死で抵抗したが、頭が割れそうに痛い。
“その男は敵だぞ。お前はだまされているのだ”
“……嘘よ!!……あなたがそこにいるなら、エリアードは本物のエリアードだわ。……出てきなさいよ、ギメリック!!”
感じる。すぐそばに、あのときのあの男の気配……。
“何を言っている。それは我が主君の名……”あざ笑う声。
固く目を閉じたアイリーンの額から、冷や汗が流れ出した。

 今まで矢を射かけていた男たちが剣を手に襲いかかってきた。
キーンッ!!
振り下ろされた剣を、激しい金属音を響かせながら片腕の力だけではじき返す。
“やはり魔力で強化した剣か……結界が効かない”
人数は……と目で数えると、8人だった。
しかも盗賊などとは違う。訓練された剣士だ。
片手でアイリーンを抱えていては思うように戦えない。
しかし今彼女から手を離すわけにはいかなかった。
“……一気に片をつける……!!”
エリアードは高く手を差し上げて呪文を叫んだ。
ザーッ!! 凄まじい突風が吹き荒れる。
「うっ……!!」
「ぎゃっ」
吹き散らされた木の葉に混じり、血しぶきが乱れ飛ぶ。
鋭い風の刃に切り裂かれ、血まみれになった男たちが次々と倒れた。

“……!!”
アイリーンを攻撃していた男の声がふいに止んだ。
風の刃が、その男にも被害を与えたらしい。
闇に吸い込まれるように、気配が消えた。
「あ……」
倒れそうになるアイリーンをエリアードが支えた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
大きく肩で息をしながらも、気丈に、アイリーンは答えた。
「魔力で攻撃してきたやつを逃がしてしまいました。 また襲ってこないとも限らない。幸い馬は結界の中で無事です、出来るだけ早く、ここを離れましょう」
まだ夜は明ける兆しもなかったが、再び馬に乗り、二人は出発した。

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 大きく欠けた月齢20日の月が昇っていた。木の葉の間からこぼれ落ちてくる月光が、行く手の闇の底を所々、白くまだらに染めている。馬はゆっくりと進んだ。

 しばらく迷っていたが、アイリーンは口を開いた。
「エリアード、私……、聞きたいことがいっぱいあるの。……聞いてもいい?」
「……」沈黙の中には否定も肯定も読み取れない。アイリーンは自分の体の両脇から前に伸び、目の前で馬の手綱を取っている彼の両手を見つめた。後ろにいる彼の、表情が見えないのがもどかしかった。しかしもちろん、聞かずにはいられない。

「……魔力は、エンドルーアの王家の血に伝わると聞いたわ。あなたも、エンドルーアの王族なの?」
「……」またも沈黙を返され、アイリーンは怖くなった。魔力で攻撃されたとき頭の中に響いた声はそう言ったが、盗賊や、あの化け物と戦って自分を守ってくれたエリアードを、よもや敵とは思わなかった。けれど……自分が背中を預けているこの男は、いったい何者なのだろう……? 互いの体温を感じるほどそばにいるのに、相手の得体の知れないことが怖かった。

 ようやく、意を決したように、彼が口を開いた。
「……違います、私は……私の両親は二人とも、エンドルーアの下級貴族の生まれです」低い、よく響く声は穏やかで、アイリーンはホッとした。

 一度話し出すと、エリアードは何かふっきれたようになめらかに語り出した。
「神々の血を色濃く受け継いでいるのは言うまでもなく王家の直系ですが、魔力を持つ者が王家からしか生まれないわけではありません。長い歴史の間に、王家から別れて分家となった貴族の家柄や、それらの貴族や王家と婚姻関係を結んだ血筋の中に、魔力の血統がいくつか生まれたのです」
「……王家と血縁関係があるような家柄なら、下級ではなく大貴族だったんじゃないの?」
「いえ……魔力の血統とは違う家系からも、ごくまれにですが、魔力を持つ者が生まれてくることがあるのです。数は少ないですが、貴族の中だけでなく庶民の間にも、魔力の血統はありますし。遠い昔に流れ込んだ王家の血が突然現れる、そんなことだろうと思われます。私の場合、それが父の血筋なのか母の血筋なのか、それすらもハッキリしません」
アイリーンは首をかしげた。記憶の糸をたぐり寄せる。
「待って……ユリアは、夫はアドニアの役人だと、言っていた気がするのだけど……?」
「ええ、それは再婚相手の今の夫です。私の父は私が生まれてすぐにこの世を去りました。その後、母はエンドルーア王宮に仕官し、あなたのお母様……フェリシア様の侍女となり、アドニアへお輿入れの際も一緒にこちらへ移ってきたのです。そしてこちらで再婚しました」
「……では、私の乳兄弟だという弟さんとは、お父様が違うのね?」
「ええ」

 異母兄弟が当たり前のようにいる王家に育ったアイリーンには、王家以外でそのようなことがどれほど特殊なのか、またはそれほど珍しいことではないのか、よくわからなかった。けれど決して喜んで自分から語るような種類の話でもないことが、エリアードの重い口調から察せられた。

「……ありがとう、話してくれて。……あの……私の父があなたを選んだのは、魔力のことを知っていたからなの?」
「いいえ。私の魔力のことは、母しか知りません。アドニアでは魔力など無用のもの、むしろ異端ですから。王はたまたま、護衛隊にいた私があなた様の乳母だったユリアの息子と知って、あなた様が少しでも安心されるよう、とのご配慮から私を選ばれたのでしょう」

 異端という言葉が心に重かった。その言葉に凝縮された蒼い孤独の陰に、自分が味わってきた16年間の孤独以上のものを感じて、なぜかアイリーンは激しく胸が痛むのを感じた。

「……私にとっては、信じられないくらいの幸運ね……でも、エリアード、あなたにとっては……」アイリーンはうつむいた。彼があまりアイリーンにうちとけた様子を見せなかったのは、きっと本当は、自分に……あるいはエンドルーアに、かかわりたくなかったからではないかとアイリーンは思ったのだ。

 エリアードはどこかいらだちにも似た不可解な思いで、そんな彼女を見つめた。
“……どうしてこの少女はこうも、自分のことより人のことを気にかけるのだろう……? さっきも、幻獣を恐れて真っ青になりながら、私に逃げろなどと言っていたようだし……”

「……アイリーン様、アドニアで、あなたをお守りできるのは私しかいない。ですが……ええ、恐ろしいですよ。エンドルーアの王族の魔力は強大です。末流であるわたしの魔力など足下にも及ばない。それに臣下にも魔力を持つ者が、おそらく大勢いる。どんなに強い魔力に恵まれた者であっても、一人でエンドルーアの勢力に立ち向かうのは無茶というものです。王家に伝わる力の泉、フレイヤの涙でも手に入れない限りは」
アイリーンは愕然として、エリアードを振り返った。
「……!」思っていた以上に、自分を見下ろす彼の顔が近かったので驚いて、アイリーンはあわててまた前を向いた。
「……それ、……私が持っていたけど、ギメリックに取られてしまったわ……。なぜ、ギメリックは私を襲ってくるの? フレイヤの涙はもう彼の手の内なのに……」
「……エンドルーアの狂王は、魔力を持つ者を全て自分の配下に置いて支配しようとしているのです。捕らえて自分たちのために魔力を利用するか、従わなければ殺す……魔力を独り占めし、この大陸の覇者となる目的もあるでしょうが……恐怖に囚われているのでしょう。自分たちに敵対する勢力に魔力を与えてはならないと……」
「でも……不思議だわ。ギメリックは最初は、石を奪うことだけが目的のようだった……」
「……あなたがこれほどの魔力をお持ちだとは、誰も知らなかった。エンドルーア建国以来、魔力を受け継ぐ血統は、王家によって厳重に管理されて来ましたから。国外に流出しないよう、気を遣ってきたのです。あなたの母上、フェリシア様は、魔力は持っておられなかった、と聞いています。……だからこそ、国外に輿入れを許されたと……。しかしこうなって見ると、それは何かの間違いだったのでしょう。ただ、何者かが、あなたの魔力を封じていたことは確かです。エンドルーア王室では普通に行われていたことです。しかし16歳の誕生日を過ぎると、全ての封印を破って、魔力は目覚めてしまいますから……あなたはもう何度か、無意識に魔力を使われましたね。その魔力の気配をかぎつけて、奴ら……エンドルーアの手の者があなたをねらってやって来るのです」

 では……やはり姉は……自分のせいで殺されたのだ。
エンドルーアとも魔力とも、何の関係もないのに……巻き添えになって……。
「……アイリーン様?」
うつむいたまま、黙り込んでしまったアイリーンにエリアードが声をかける。アイリーンの瞳から、水晶のように透明なものがハラハラとこぼれ落ち、彼女の白い頬を濡らしていた。
「……お姉様のこと、……好きではなかったわ。だけど、私のせいで死んでしまうなんて……そんなの、思ったこともなかった……」
少々照れくさそうだったあの夜の彼女を思い出す。
「倒れた私を心配して、見に来てくれたんだわ……それなのに……それが、あだになって……」とうとうアイリーンは両手に顔を埋めた。力強い腕が慰めるように、後ろからそっと抱きしめてくるのを感じたが、アイリーンの心は安らがなかった。突然アイリーンは、至近距離であることもかまわず振り向いた。
「私に魔力の使い方を教えて……! そしたら私、自分で自分を守れるわ、あなたにももう迷惑をかけない、誰も巻き込まない……!」
うるんだ瞳に、ひたむきな思いを込めて見上げてくるアイリーンに、エリアードは自分でも思ってもいなかった衝動に突き動かされ、その壊れそうに華奢な肩を強く抱きしめた。
「……どうして、そんなに何もかも、一人で背負い込もうとなさるのですか……? こんな細腕で、何ができると言うのです……迷惑などではありません。私はエンドルーアの民の血を引く者ですよ。あなた様を守るのが私の役目。今は剣士として忠誠を捧げるアドニアの、王とレスター様にもそう誓いました……」
彼の抱擁に驚いたアイリーンは、しかし狭い馬上ではむしろ安定感のあるその姿勢に、おとなしく体を預けていた。ただ、心の中でつぶやいた。
“ダメなの……守られるだけじゃ……だって私はティレルを助けたいんだもの……”

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