薄明宮の奪還 更新日:2005.03.21

第2部 アドニア〜リムウル
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 第1章 /旅路
3.盗賊

 昼間の疲れのため、アイリーンはぐっすり眠っている。
しかし、なかなかの根性だ、とエリアードは彼女を評価していた。彼に注意されてからおとなしく歩くことに専念した彼女だったが、何時間も歩き続けることなどむろん初めてのことだっただろう。昼の休憩時間が来るより前に、すでに彼女はそうとう疲れた様子をうかがわせていた。午後になると笑顔も口数もめっきり減り、やがて足の痛みに歯を食いしばって、それでも一言も弱音を吐かずに歩き続けたのだ。

 昨夜よりもさらに疲れた様子で眠っている彼女を起こすのは忍びなかったが、そうも言っていられない状況だった。エリアードはアイリーンを揺すってそっと声をかけた。
「アイリーン様、起きて下さい」
「ん……なに……?」アイリーンは眠そうに目をこすった。
「こちらへ近づいてくる複数の人間がいます。おそらく盗賊でしょう」
「えっ!」アイリーンはたちまち眠気もふっとび、不安そうに彼を見上げた。
「ご心配にはおよびません。ですが万が一にもあなた様に危険が及ばないよう、しばらく木の上に隠れていて下さい」
 一つうなずくと、彼女はすぐに立ち上がった。飲み込みが早い。エリアードの足手まといになってはいけないと悟っていた。エリアードは彼女の体を軽々と抱き上げ、自分の右肩に座らせた。人の手の届く範囲に下枝のない木を選んで歩み寄る。
「念のため、弓矢に気をつけて。もし射かけてこられたら、できるだけ幹の裏にまわって体を縮めていて下さい。それから」エリアードは早口でささやくように、様々な事態を想定した指示を与えた。
「何があっても、決して声を立てたり、気を失って木から落ちたりしないで下さい。もし私がやられたと思ってもですよ」
「……はい」アイリーンは緊迫した空気に、体をこわばらせてうなずいた。するとエリアードは彼女を見上げ、安心させるように笑顔を見せた。薄暗い中に、白い歯がひらめく。
「大丈夫、敵を油断させるためにそういう手をつかうこともあるという話です」
余裕すら感じられる彼の態度に力づけられ、不安が和らぐのを感じた。しかしそれよりもアイリーンをホッとさせたのは、初対面の時以来の彼の笑顔だった。
“この人は……私を安心させるために笑顔を作るのね。あの時も、今も……本心からの笑顔じゃないみたい。でもそれでもいい……その気遣いをしてくれることがありがたいもの”

 彼女がエリアードの助けを借りて樹上に身を隠すと、彼はその木から数本離れた木の下に立ち、襲撃者たちを待ち受けた。
やがて夜陰に乗じてこそこそとやってきた彼らは、獲物がすでに彼らを迎え撃つ体制を整えていることに驚いたようだった。しかし所詮、多勢に無勢と高をくくった様子で、近づいてくる。見るからに恐ろしげな、屈強な男が6人だった。
「ふ〜ん、戦士の格好してるだけあって、ちっとは使えるようだな」
「しかしおめーに用はない、連れのガキを出しな」
やはり、な……と、エリアードは思った。昼間、しばらく後をつけてきた男がいたことには気づいていた。賊の偵察役だろうとは思ったが、自分たちの身なりからはたいした金も持っていそうにないとわかるはずだった。売って価値のあるものと言えば馬だったが、それよりも高く売れそうなもの……アイリーンに目をつけられたのだ。
「仕掛けてこなければ見逃してやったものを」
エリアードは口の中でつぶやいた。しかしそれは誰にも聞こえない。
「おい、ガキなんかいないじゃねーか?」
「いや、本当だぞ、確かに連れていた。えらくきれいなガキだ、もしかして女かも知れん」
「どうせ木の上にでも隠したんだろう。こいつを料理してからゆっくり探すとしよう」
男たちはエリアードが剣も抜かずに突っ立ったままなので気を許したのか、すぐそばまで近寄ってきていた。先頭の男がひげ面を突き出し、嘲笑を浴びせる。
「おい、怖くて口もきけねぇか?」野卑な笑い声が突然止んだ。
まさしく電光石火の早業。首筋から血を吹き出しながら倒れた男は、エリアードが剣を抜いたことすら知らずに死んだだろう。
「野郎っ……!!」たちまち色めき立った盗賊たちが一斉に向かってくる。
2人同時に斬りかかってきた剣を正確に受けてはじき、腰を落として振り向きざまに、別方向からかかってきた男に斬りつける。
「ぎゃぁっ……!」男は胴を横なぎにされて絶命した。流れるような無駄のない動き、一撃必殺の確実な剣さばきに、手強い相手と認識したらしい残りの4人はあわてて少し身を引いて、しばし躊躇するように間を置いた。一番遠くにいた男が弓を構えようとする。
すかさず、エリアードが短剣を投げた。
「うっ……!」男は弓を取り落とした。二の腕に深々と、短剣が刺さっている。
「……くそっ!」逃げようとするその男に向かって一歩踏み出し、側にいた男が剣を構え直すところを一撃の下にたたき斬る。三歩で、背を向けている男に追いつくと、その背中を切り下ろす。
「ぐっ……」声もなく絶命する仲間を目の前に、残った二人は恐怖の色を浮かべてエリアードを凝視した。エリアードは容赦も躊躇もしなかった。男たちに向かって、間合いを詰めて踏み込んでいく。一人が倒される間に、最後に残った男は弓に矢をつがえて樹上を狙っていた。
「ガ、ガキを殺されたくなけりゃ、剣を収めてこっちへよこせっ」しかし男が狙っているのは、アイリーンが隠れている木ではなかった。エリアードはこれを用心して別の木の前に立っていたのだ。
ためらいもなくエリアードが斬りかかってくるのを見て泡を食った男は、彼に向かって矢を放った。
カッ!!
至近距離から放たれた矢は見事にまっぷたつに切られて傍らに転がった。そして次の瞬間、その矢を放った男もまた、そのそばにドサリと倒れて動かなくなった。

「……済みました」アイリーンがいる木の下にやってきて、エリアードは簡潔に言った。6人を屠るのに一分ほどしかかかっていない。しかも息一つ乱していなかった。剣術のことなど何もわからないアイリーンにも、彼が並々ならぬ腕の持ち主だと知れた。
 しかし目の前で展開された殺戮に、アイリーンは蒼白になっていた。返り血を浴びたエリアードの姿に、エディスが殺されたときの、耐え難い衝撃がよみがえる。一向に降りてこない様子のアイリーンに、エリアードは首をかしげた。次の瞬間。

 ふいに、表情をこわばらせ、エリアードが振り向いた。異様な気配に背中を打たれ、そうせずにはおれないといった感じだった。
「来たか……ついに」その精悍な唇から、低く、うなるような声が漏れた。

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