薄明宮の奪還 更新日:2004.10.15

第1部 アドニア
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月満つるとき、全てのものの力もまた、満ちるなり
 − エンドルーア王宮書庫蔵『魔法の書』より −

 第1章 /宴の夜
1.アドニア城

 闇に沈む中庭の茂みの奥に、絡み合う二つの影があった。
花々の甘い香りに誘われて、夜の逢瀬を楽しむ恋人たちの姿だった。

 ふいに、その片方が顔を上げた。
そのままじっと、建物と建物の間に巡らされた回廊の方をうかがっている。

 ここは南の大国と称されるアドニア王国の、広大な王宮内の一画。昼間でも、あまり人気(ひとけ)のない静かな場所だった。まして宵の口とはいえ日はすっかり暮れている。回廊に一定間隔で設けられた松明が、わずかな明かりを投げかけている他は、辺りにはただ深い闇と静寂が満ちているばかりだった。

「……何? どうしたの?」怪訝そうな女の声。
「しっ……誰か来る」

 回廊の角を曲がって、小さな光が現われた。
ランプを手にやってきたのは、一人の小柄な少女だった。
 驚いたように、女がささやく。
「アイリーンだわ。……宴に出るのかしら? 珍しいこと……」

 風に揺れる小さな草花のような、可憐で儚げな少女だった。つややかな金の巻毛が揺らめく松明の光を反射し、闇を照らすもう一つの炎のように輝いている。持っている明かりが、まるで彼女の体の内側から光が差しているような錯覚を起こさせた。

 遠ざかっていく後ろ姿を、男は黙って見送っている。
物思わし気に、女が言った。
「……あの子、ちょっと見ない間に、随分きれいになったわね。あなた気になるんでしょう? アドニアで一番のプレイボーイさん?」
男は笑みを浮かべて振り向いた。
「まさか……。実の妹ですよ」
「あら、私だってあなたの実の姉じゃないの。その私に手を出したのは誰?」
「人聞きの悪い。先に誘ったのはどっちです?」クスクスと二つの笑いが絡み合う。

「……はぐらかしてもダメよ。あなたがさっきみたいに女の子を見てるとこ、初めて見たわ。例のうわさ、本気にしてるんじゃないの?」
「誤解ですよ」男は笑った。
「そうかしら?」
「じゃあ、本当にそうだとしたら、どうします?」
「さあ……? 別に、どうもしないわ」
「ふふ、あなたのそういうところが好きなんですよ、ローゼリア。……では、そろそろ行きましょうか。どうやら今夜の宴では、いつもよりは退屈しないで済みそうだ」
「もう、レスターったら……」
不満げな女の声を唇で塞ぐと、彼はささやいた。
「宴が終わったら、もう一度、ここで……。一番の楽しみは、一番最後に取っておく方が味わい深い。そう思いませんか?」
「……相変わらず、口がお上手ね。いいわ、お行きなさい」
女の頬に今度は軽くキスをすると、彼はアイリーンが行った方向へと回廊に足を踏み入れた。

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